痛みの治療を知ろう

第8話 癌の痛みを和らげる

船橋さんは35歳の男性です。肺癌のため一年ほど前に左の肺を全部摘出していました。最近、肋骨に沿った痛みと背中の痛みが強いために受診されました。MRIを見ると、胸椎と肋骨が接する所に癌の転移がありました。これにより神経が侵されていたのです。 手術をした病院でも痛みの原因はわかっており、種々の鎮痛薬、さらに経口の麻薬を使用していましたが、激痛を抑えることはできませんでした。

そこで私は、肋骨の下を走る肋間神経の根本である神経根を高周波熱凝固法で遮断。鎮痛薬を併用することで、日常生活ができるまでの痛みに緩和することができました その後3か月ほどたって、再び激痛が走ると来院されたので、同じ治療を行いました。神経根ブロックは注射針を背骨の奥まで進めるので、肺を破かないようにレントゲンテレビを見ながら注意深く針を進めなければなりません。そのことを説明していると、「肺はありませんから心配なく」と。「そうでしたね」と、言葉を返すのがやっとでした。まだまだ先のある若さを思うと、癌という病気が理不尽に思えて仕方ありませんでした。

昨今、癌の痛みに対する治療は格段に進歩しています。鎮痛のために、多くの医師が麻薬を適切に使うようになったからです。使い方も経口、座薬、貼り薬、注射、持続皮下注射、硬膜外注入、くも膜下注入など多彩です。

ペインクリニックでは、これらすべての治療法を症状に合わせて使います。安定剤や抗うつ薬も併用します。船橋さんのように、痛みの領域が限定されている場合は、神経の根本を遮断します。また、おなかの中のどうしようもない痛みには、種々の神経叢ブロックも有効です。 癌の痛みはひとつの治療法だけではなく、症状に合わせて多角的に対応しなければなりません。残された時間を意義あるものにするためには、痛みだけでも何とか抑えたいものです。

平成15年から16年に毎日新聞日曜版に掲載されました「痛みさえなければ」を再編集しています。