痛みの治療を知ろう

第5話 突然動かない五十肩

60歳の山本さんは、週末に夫と大掃除をしました。高い所から箱を降ろすときに、右肩に嫌な感じがしたそうです。その夜は肩が重く感じていたので、お風呂でじっくり温まって床につきました。翌朝トイレに立ち、用を済ませたまではよかったのですが、あまりの肩の痛みのため夫を呼んで下着を上げてもらったそうです。「夫にこんなことをしてもらったのは初めて。みっともないけれど、本当に仕方がなかったんですよ」そんなエピソードを話してくれました。

診察室では、右腕がまったく上がりません。じっとしていても痛みがつらいようです。 五十肩は特別な原因がなく、肩から腕にかけて痛みがあり、肩の動きが制限される病気です。多くは40歳から50歳代にかけて起こりやすい病気ですが、70、80歳代でもなることがあります。診断は、医療側のサービスのひとつとして、年齢から10歳引いた病名をつけていますので、60歳の人には五十肩、50歳の人には四十肩と告げています。

「一年もすれば治るよ」と、友人に言われて耐えていたが、我慢の限界に達して初めて病院に来る人もいます。悪性の病気ではないうえに、五十肩という絶妙なネーミングのために、人からは「年をとったね」と笑われる程度の扱いしか受けず、受診が遅れることがよくあります。治療のポイントは、周囲のありがた迷惑なアドバイスに惑わされず、早めの治療が大切です。

五十肩は、肩関節周囲に炎症が起こる病気で、強い痛みと伴に肩がスムーズに動かなくなります。通常その痛みの範囲は、肩の角に手のひらを乗せて、首側に一握り、腕側に一握り分です。普通痛みが首や肘より先に来ることはありません。痛みは一年ほどするとスーッと消えていくことが多いのですが、肩の動きが悪くなったままの場合もあるので、症状が出たら迷わず治療を受けた方がよいでしょう。

五十肩の急性期(痛みが始まって1〜2か月以内)は、痛みが強く肩が動かせないため、日常活動が制限され、寝られないこともあります。鎮痛薬や睡眠薬を服用してもらいますが、症状はなかなか取れません。この時期は、繰り返される痛みのために、肩周囲の痛みを伝える神経である肩甲上神経が過敏になり、ちょっとした動きでも激痛が肩に走ります。

治療としては、この神経をブロック(遮断)して痛みを抑えます。ペインクリニックが最も得意とする方法です。急性期初期にこの治療を行うと痛みは急速に低下します。特に発症から1週間以内の治療効果は良好で、多くの場合、2〜3週間後には痛みがほぼなくなり、肩の動きも改善していきます。 それでも肩の動きが悪い場合は、肩関節内にヒアルロン酸を注入して、痛みを抑えるとともに関節の滑りをよくします。

また、慢性期(2か月以降)の人には運動療法が主体となります。肩をじっくり温め、運動をすることが大切です。簡単な運動なので家庭でも行えますが、リハビリテーションのできる施設で、しっかりと指導を受けた方がよいでしょう。そして、最も重要なことはさぼらずに毎日運動療法を続けていくことです。

平成15年から16年に毎日新聞日曜版に掲載されました「痛みさえなければ」を再編集しています。